『サウンド・オブ・ミュージック』は、美しい音楽と家族愛の物語であると同時に、ナチス台頭という激動の時代に翻弄された人々を描いた重厚な人間ドラマでもあります。
劇中で視聴者に強い印象を残すのが、純粋な青年から密告者へと変貌していくロルフ、そして主人公マリアの恋敵として登場する男爵夫人(エルザ)です。

一見すると「悪役」や「裏切り者」に見えがちな彼らですが、その行動の背景には、単純な善悪では割り切れない心理や時代性が読み取れます。
今回は、ロルフが裏切りに至った理由として考えられる心理的要因と、男爵夫人が見せたと解釈できる引き際の美学について、作品描写に基づきながら考察していきます。
1. 若き郵便配達員ロルフの裏切り|その心理と時代背景
長女リーズルと「もうすぐ17歳(Sixteen Going on Seventeen)」を甘く歌い上げた、当初のロルフは純朴な青年として描かれています。しかし物語の終盤、彼はナチスの兵士となり、結果としてトラップ一家を追い詰める側に立つことになります。
なぜ彼は「密告の笛」を吹いたのでしょうか。
墓地に潜む一家を見つけた際、ロルフはトラップ大佐に銃を向けますが、その手は震えていました。大佐は彼に「君はまだ子供だ、こちらへ来い」と語りかけます。しかしロルフはその言葉を受け入れず、ホイッスルを吹いて仲間を呼び寄せました。
この行動は、単なる「悪意」だけで説明できるものではないと解釈することができます。
「力」への憧れと帰属意識
貧しい郵便配達員だったロルフにとって、勢力を拡大するナチス党員の姿は、当時の若者にありがちな「強さ」や「輝き」を帯びた存在として映っていた可能性があります。
組織の一員になることで、自分も価値ある存在になれるという感覚に引き寄せられていった、と読み取ることもできるでしょう。
大佐への劣等感という視点
誇り高く、彼を「まだ子供だ」と諭すトラップ大佐の存在に対し、ロルフが無意識の反発や劣等感を抱いていた可能性も否定できません。
銃を構えたあの瞬間は、「強い大人」に認められたい、あるいは対等であることを示したいという、未熟さゆえの葛藤が表出した場面と解釈する余地があります。
17歳の少年にかかっていた「時代の重圧」
当時のオーストリアにおいて、ナチズムは一部の若者にとってファッションや正義のように浸透していました。
ロルフは根っからの悪人というよりも、時代の空気に飲み込まれ、初恋よりもイデオロギーに身を委ねてしまった若者として描かれているとも考えられます。
ホイッスルを吹いた直後の彼の表情が、決して晴れやかなものではない点は重要です。それは、彼の人間性が完全に失われたわけではないことを示唆しており、観る者に複雑な感情を抱かせます。
背景知識があると、ロルフの葛藤がより鮮明に見えてきます。
2. 悪役ではない?男爵夫人が見せた「大人の気高さ」
マリアとトラップ大佐の関係を阻む存在として、「嫌な女性」「冷たい恋敵」と受け取られがちな男爵夫人エルザ。しかし、彼女を単純な悪役として片付けるのは、やや短絡的かもしれません。
彼女は終始、洗練され、知性と自尊心を備えた人物として描かれています。
マリアとの対比:洗練された都会の女性エルザ
マリアが「自然・純真・音楽」を象徴する存在であるのに対し、男爵夫人は「都会・社交界・現実」を体現しています。
彼女は家柄も釣り合い、大佐と知的な会話を交わすことができる、社会的には理想的な結婚相手でした。
一方で、子どもたちと同じ目線に立ち、歌い、感情を共有するような「心の自由さ」は、彼女の価値観とは異なるものだったと言えるでしょう。
身を引いた理由|大佐への愛と価値観の違い
テラスでの別れの場面。男爵夫人は、大佐の視線や態度から、彼の心がすでにマリアに向いていることを察します。そして自ら婚約解消を切り出し、こう語ります。
「ウィーンへ戻るわ。あそこなら私にふさわしい場所がある」
この決断は、単に恋に敗れた結果と見るよりも、自分を心から愛していない相手のそばに留まることを良しとしない、彼女なりの誇りの表れと解釈することができます。
また彼女は、ナチスに対しても「現実的に折り合いをつけるべきだ」という立場を取る人物でした。信念のためにすべてを捨てる覚悟を持つ大佐の生き方を前にし、自分とは根本的に価値観が異なる相手だと冷静に判断した結果、身を引いたと考えることもできるでしょう。
3. ロルフと男爵夫人|明暗を分けた「信念」の形
この2人は、物語の中でトラップ大佐とは異なる選択をした人物たちです。
| 登場人物 | 選択した道 | その結果 |
|---|---|---|
| ロルフ | 時代の勢いに身を任せた | 純粋さを失い、愛する人を裏切る結果となった |
| 男爵夫人 | 自分のプライドと居場所を守った | 愛は得られなかったが、自分を見失わずに済んだ |
| トラップ大佐 | 良心と信念を貫いた | 大きなリスクを負いながらも、自由と愛を得た |
ロルフは組織に飲み込まれ、自らの判断を委ねてしまった存在として描かれています。一方で男爵夫人は、最後まで「自分らしく生きられる場所」を選び取り、静かに舞台を去りました。
『サウンド・オブ・ミュージック』において、この2人の存在は、正解のない時代に人はどのように選択をするのかという問いを観る者に投げかけています。
結論:複雑な人間模様が『サウンド・オブ・ミュージック』を名作にした
もしロルフが単なる悪人として、男爵夫人が単なる意地悪な女性として描かれていたなら、この作品がここまで長く語り継がれることはなかったでしょう。
ロルフの裏切りに見える若さゆえの未熟さ、そして男爵夫人が示したと解釈できる大人の引き際。
彼らの葛藤や選択があるからこそ、マリアと大佐の愛、そして一家が自由を求めて旅立つラストシーンは、より深い余韻を残します。
次にこの映画を観るときは、ぜひこの2人の表情や言葉の裏にあるかもしれない「想い」に目を向けてみてください。
きっと、これまでとは違う新たな感動が見つかるはずです。
次にこちらの記事が読まれています

