マーティン・スコセッシ監督の代表作であり、1970年代アメリカ映画の金字塔として輝き続ける『タクシー・ドライバー』。孤独なタクシー・ドライバー、トラヴィス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)の物語は、多くの観客にとってトラウマ的でありながら、深く心を捉えて離しません。
この記事では、「ただのあらすじ」に留まらず、トラヴィスの内面世界の解剖、若き日のジョディ・フォスターが演じたキャラクターの意義、そして作品が持つ時代を超えた普遍性に迫ります。
なぜ、この一本の映画が、競合作品を凌駕し、今なお語り継がれるのか。その秘密を、製作の裏側や象徴的なシーンの分析を交え、徹底的に解説します。
I. 🚕 孤独な魂の肖像:『タクシー・ドライバー』基本情報と作品の核心

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1-1. 作品概要と主要キャスト
| 項目 | 詳細 |
| 監督 | マーティン・スコセッシ |
| 脚本 | ポール・シュレイダー |
| 主演 | ロバート・デ・ニーロ(トラヴィス・ビックル) |
| 共演 | シビル・シェパード、ジョディ・フォスター(アイリス)、ハーヴェイ・カイテル |
| 公開年 | 1976年 |
| 受賞歴 | カンヌ国際映画祭 パルム・ドール受賞(最高賞)。ほかにアカデミー賞4部門ノミネート(作品・主演男優・助演女優・作曲)、ジョディ・フォスターはBAFTA助演女優賞受賞。 |
1-2. 時代背景とテーマ:「ベトナムの影」と「都市の疎外感」
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戦後の虚無感: 1970年代初頭のアメリカは、ベトナム戦争の敗北とウォーターゲート事件による政治不信で、社会全体が深い虚無感に覆われていました。
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トラヴィスとPTSD: 主人公トラヴィスは、元海兵隊員であり、彼の不眠症や社会との不和は、当時の帰還兵たちが抱えていたPTSD(心的外傷後ストレス障害)の象徴として読み解かれます。
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ニューヨークの描写: ネオンと闇に彩られた1970年代のニューヨークは、社会の底辺、腐敗、そしてトラヴィスの孤独を増幅させる「悪徳の迷宮」として機能しています。
1-3. 傑作たる所以:スコセッシ×シュレイダーの化学反応
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ポール・シュレイダーの脚本: シュレイダー自身の孤独な体験が反映された脚本は、カミュの『異邦人』やドストエフスキーの『地下室の手記』の影響を受けたと言われる内省的で陰鬱なトーンが特徴です。加えて、本人は執筆前にサルトルの『嘔吐』を再読したと語っており、実存主義的孤独の語り口が強くにじみます。
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スコセッシの演出: 映像にリアリズムと夢幻的な美しさを融合させ、トラヴィスの主観的な視点(主観ショット)を徹底することで、観客を彼の狂気へと引きずり込みます。
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バーナード・ハーマンの遺作: 不安と哀愁を帯びたジャズ調のスコアは、映画の雰囲気を決定づけました。
II. 📖 あらすじと構造:トラヴィス・ビックルの「浄化」の物語
2-1. 序章:孤独なタクシー・ドライバー、トラヴィス
不眠症に苦しむタクシー・ドライバーのトラヴィス・ビックルは、夜のニューヨークをさまよい、街の「汚物」を観察し続けます。彼は日記を通じて、自身を周囲とは異質な「まともな人間」だと認識し、夜の街の腐敗に対する強い嫌悪を募らせます。
2-2. 転機:ベッツィとアイリスとの出会い
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ベッツィとの挫折: 大統領候補パランタインの選挙事務所で働くベッツィに一目惚れし、何とか交際にこぎつけますが、ポルノ映画館に誘うというトラヴィスの常識外れの行動により、あっけなく拒絶されます。この拒絶が、彼の精神を一層孤立させます。
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アイリス(ジョディ・フォスター)との遭遇: ある夜、わずか12歳の少女売春婦アイリスが、ヒモであるスポーツ(ハーヴェイ・カイテル)から逃れようと彼のタクシーに飛び込んできます。この出会いが、トラヴィスに「彼女を救う」という歪んだ使命感と「街を浄化する」という狂気の決意を与えます。
2-3. 覚醒と狂気:準備、行動、そしてラスト
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肉体的・精神的な準備: 街への憎悪を募らせたトラヴィスは、肉体を鍛え上げ、様々な銃器を密かに購入し、訓練を始めます。有名な「鏡のシーン」は、彼の狂気の完成を示します。
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二つの暴力: 彼は当初、大統領候補暗殺を企てますが失敗に終わります。標的をアイリスを囲う売春組織へと変更し、凄惨な銃撃戦の末、組織の人間を皆殺しにします。
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ラストの解釈: 重傷を負ったトラヴィスは、世間から「アイリスを救った英雄」として称賛され、元の生活に戻ります。しかし、ラストシーンでの一瞬の視線の動きは、彼が本当に救われたのか、それとも狂気を内包したまま社会に受け入れられたのかという、不気味な問いを残します。
III. 🎭 俳優の深掘り:ロバート・デ・ニーロとジョディ・フォスターの衝撃

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3-1. ロバート・デ・ニーロの「メソッド」とトラヴィス
ロバート・デ・ニーロは、この役を演じるために徹底的な役作りを行いました。
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実践的なリサーチ: 実際にニューヨークのタクシー運転手として働き、その孤独や生活を体感しました。
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肉体的な変化: 役のイメージに合わせて髪型をモヒカン刈りにし、徹底的な減量を行うなど、肉体的な変化も辞しませんでした。
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「You talkin’ to me?」の誕生: この有名なセリフは、脚本には存在せず、デ・ニーロが鏡の前で即興で演じた結果生まれたものです。この即興性が、トラヴィスの内面の混乱と、他人とのコミュニケーションができない彼の孤独を象徴しています。
3-2. ジョディ・フォスターの早熟な才能とアイリス
ジョディ・フォスターが当時12歳で演じた少女売春婦アイリスは、この映画における最も衝撃的な要素の一つです。
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リアリティの追求: ジョディ・フォスターの出演にあたっては、倫理的配慮のために心理的評価や専門スタッフの立ち会いが行われ、感情的なシーンの撮影には十分な監督体制が敷かれました。また、一部のショットでは彼女の姉コニーがスタンドインを務めています。
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成熟した演技: 彼女は、大人の世界に引きずり込まれた少女の達観した視線、そして時に見せる無邪気さを巧みに演じ分けました。トラヴィスに対して、仕事や生き方について淡々と語る姿は、彼の理想主義的な「救済」の動機を揺さぶります。
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キャリアへの影響: この演技は批評家から絶賛され、彼女にアカデミー助演女優賞ノミネートをもたらし、その後の女優キャリアの礎を築きました。
3-3. 象徴的な共演者たち
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ベッツィ (シビル・シェパード): 清楚で知的なベッツィは、トラヴィスが望む「まともな世界」の象徴ですが、彼を拒絶することで、彼の内なる破壊衝動を決定的に引き出します。
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スポーツ (ハーヴェイ・カイテル): アイリスのヒモ。彼はトラヴィスが憎む「街の腐敗」の体現者でありながら、アイリスにとっては現実的な生活の庇護者という複雑な存在です。
IV. 💡 考察と影響:『タクシー・ドライバー』が残したもの
4-1. 映画における「視点」の構造
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主観性の徹底: 映画は基本的にトラヴィスの視点(日記のナレーション、彼の見る夜の景色)で描かれます。これにより、観客は彼の歪んだ現実認識を共有せざるを得ず、感情移入と嫌悪感の間で揺さぶられます。
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ラストの「英雄」: 凄惨な銃撃の末、トラヴィスは世間から英雄として祭り上げられます。これは、暴力がメディアを通じて「浄化」され、社会に都合よく解釈されることへの痛烈な皮肉です。
4-2. ポップカルチャーと社会への影響
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「You talkin’ to me?」の伝説化: 映画の枠を超え、自己対話や挑戦的な態度を示す際の代名詞として定着しました。
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模倣犯と社会問題: 公開数年後、レーガン大統領暗殺未遂事件の犯人ジョン・ヒンクリー・ジュニアが、ジョディ・フォスターに異常な執着を持ち、彼女の気を引くためにこの映画を模倣したと主張し、社会に大きな衝撃を与えました。この事実は、映画の持つ影響力の強さと、トラヴィスというキャラクターが持つ危険な魅力の両方を浮き彫りにしました。
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映画監督への影響: 『ジョーカー』をはじめとする多くの映画や文学作品が、孤独な男の狂気と社会の闇を描く上で、『タクシー・ドライバー』を原点としています。
V. 結び:時代を超えて響くトラヴィスの叫び
『タクシー・ドライバー』は、単なるサスペンス映画や社会派ドラマではありません。ロバート・デ・ニーロが命を吹き込んだトラヴィス・ビックルというキャラクターは、現代社会における「孤独」「疎外感」「そしてその裏返しとしての暴力」という普遍的なテーマを象徴しています。
そして、若きジョディ・フォスターの衝撃的な演技と、マーティン・スコセッシの徹底した映像美学が、この物語を忘れがたい傑作へと昇華させました。40年以上経った今も、観客はトラヴィスのタクシーに乗せられ、汚れた夜の街をさまよい、彼の狂気の果てを見届けざるを得ないのです。
※本記事は可能な限り一次情報に基づいていますが、受賞・ノミネートや製作過程の詳細など情報に更新や差異が生じる場合があります。万一の誤りを避けるため、最終的には公式情報(カンヌ国際映画祭/アカデミー賞公式、スタジオ公式資料 等)でご確認ください。
